ケン幸田の世事・雑学閑談(千思万考)

第百五十九話:「秋の暮:秋の夕暮れか、秋の末か」

2024/11/01
最終更新:2026-09-08
「秋の暮」という言葉は、要するに雅語であって、余り生活的な根拠がないとされますが、本来「暮」には、時節の末期を意味する“大暮”と日の暮れを意味する“小暮”という二つの使い分けがあるそうです。
文学史家によりますと、平安時代の用法では、秋の暮は大暮の意で、小暮の方は秋の夕暮れ、秋の夕べなどと使い分けていたそうです。
確かに清少納言は、枕草子で“秋は夕暮れ”と書いております。
意味の混乱は、時代を経て、その後の詩人、文人たちの曖昧模糊とした気分尊重の表現から、“もののあわれ”や”寂しさ“が”秋の暮=秋の夕暮れ“の意味に通じるようになっていったとも考えられます。
何かの書き物で読んだ記憶なので、正確ではないかもしれませんが、松尾芭蕉の「この道や行く人なしに秋の暮」の句の解釈を巡って、文人同士の論争があったようです。

小説家の大岡昇平は”秋の夕暮れ“の意味に取ったのに対し、詩人の三好達治が”暮秋“が正しい解釈だと反論し、どうもこの論争では、三好氏が勝ち、大岡氏が敗北を受け入れたとのことでした。
尚、松尾芭蕉の場合、暮秋と解していたのではないかという解説があり、その根拠は作句の日付を持っている句の方が、日付不明の句より多いのだそうです。

死にもせぬ旅寝の果よ秋の暮       松尾芭蕉枯れ枝に烏のとまりたるや秋の暮     松尾芭蕉寝て起きて又寝て見ても秋の暮      服部嵐雪尤も、森川許六や後の高浜虚子らは、”秋の暮“を、”秋の夕間暮れ“だとか、”秋の夕方の義“と定めて置くと、書き残しておりますので、俳諧の世界では大岡氏の肩を持つお方も多いように思われます。
下記の句は、おそらく「秋の夕暮れ」を意味する方が順当と考えますが、同じ秋でもこちらの方は中秋のイメージが強いと思われます。

童部の独り泣き出て秋のくれ       森川許六日のくれと子供が言ひて秋の暮      高浜虚子鳥さしの西へ過ぎけり秋のくれ      与謝蕪村鐘の音物にまぎれぬ秋の暮        杉山杉風秋の暮山脈いづこへか帰る        山口誓子最後に「秋の末」「暮の秋」「秋暮る」と、明らかに、“暮秋・晩秋”を詠じた句を如何に紹介しておきます。

髭風を吹いて暮秋歎ずるは誰が子ぞ    松尾芭蕉松風や軒をめぐって秋暮れぬ       松葉芭蕉跡かくす師の行方や暮れの秋       与謝蕪村暮れてゆく秋や三つ葉の萩の色      宮城凡兆勾当の身を泣く宿や暮の秋        高井几董病妻の閨に灯ともし暮るる秋       夏目漱石