ケン幸田の世事・雑学閑談(千思万考)

第百四十七話:「初蝉・空蝉、そしてグルコサミン」

2023/08/01
最終更新:2026-09-08
蝉の種類は本州で十四種、平地で九種ほどが見られるそうですが、一般に馴染みなのは、真夏の油蝉、クマゼミとミンミンゼミ、夕刻ならヒグラシ、晩夏から初秋のツクツクボウシなどが主役で、蝉の雄は同調して鳴く習性があり、蝉時雨という季語を生んでおります。
雌の蝉は発音器を持たず鳴けないので、唖蝉と呼称されます。
一番早く出て鳴くので春蝉とも言われる初蝉の種は、松蝉で、四月末から五、六月にかけて関東以南の松林で見かけられます。

臥して聞けば初蝉海に沁みわたる     山口誓子蝉の音をこぼす梢のあらしかな      各務支考蝉聞きて夫婦いさかひ恥づるかな     井原西鶴渓流を掃けばすぐ澄む蝉時雨       川端茅舎鳴きやみて飛ぶ時蝉の見ゆるなり     正岡子規唖蝉も鳴く蝉ほどはゐるならむ      山口青邨唖蝉の諸羽美し透きとほす        高野素十 蝉涼し朴の広葉に風の吹く       河東碧梧桐蝉の幼虫は三年から長いもので二十年近くも地中で過ごし、さなぎとなり,夜中に地上へ出て来て、木の幹などに登り一休みすると、背中が縦に裂け、胸と首が出、体を反らせて外に出ると、次は腹を出し、完全に殻を脱ぐのです。抜け殻は、空蝉と呼ばれ、透明な褐色をしております。
うつせみの古語「うつそみ」といえば、生き身の人間、無情なこの世の人、現身とニュアンスが広がりました。
脱ぐ蝉のもぬけの殻から、生き物の営みのあわれさ、儚さを感じ取った言葉です。

いでや我よき布着たり蝉衣        松尾芭蕉やがて死ぬけしきは見えず蝉の声     松尾芭蕉空蝉を風の中にていつくしむ       山口誓子空蝉のすがれる庵のはしらかな      川端茅舎 一方では、蝉の抜け殻は、無事に羽化できたという証であり、風水の世界ではラッキーアイテムとして扱われるそうです。
抜け殻は、漢方の世界では「蝉退」と呼ばれ、古くから痒み止め、解熱、免疫強化などの効能がある生薬として用いられてきました。
その成分は、甲殻類の殻と同様、グルコサミンが沢山繋がったキチンから出来ていることが分かっています。これは、現在巷で使われている*抗インフルエンザ薬の大元の原料でもあるのです。
夏の風物詩である蝉の抜け殻から、冬の代名詞であるインフルエンザの治療薬が出来るとは、何とも不思議な関係性です。
余談ですが、平安時代文芸の祖伸として崇められた歌人「蝉丸」を祀る神社が逢坂の関にあり芸能人で賑わっています。

* 主として東南アジアに生息するスジアカクマゼミの抜け殻を乾燥させ、感冒や咽喉の炎症に使用する生薬(Cryptotympana pustulata Fabricius:Cicada)の「消風散」「蝉退」「蝉蛻」などはウィルス性疾患への効果が未明。
数少ない抗インフルエンザ薬のオセルタミビルリン酸塩(タミフルなど)は食材や生薬の「八角」を産するトウシキミ(樒)がルーツです。(編集部)。