ケン幸田の世事・雑学閑談(千思万考)
第壱百零話: 「雛祭り・白酒・菱餅」
2019/02/28
最終更新:2026-09-08
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雛祭りの行事は、五節句の一つで江戸幕府が音頭をとった国民のイベントのような性格のもので、人形を身代わりに穢れを払い無病息災を願う儀式が元になって居り、雛人形として登場するのは江戸初期で、雛祭りとして一般庶民に浸透したのは江戸の中期以降であったそうです。 三月三日の桃の節句として、女児の祭りとなったのは、男児の祭りである五月五日の端午の節句に対比させたからだと言われます。 元々一般庶民に定着するまで、この行事は室町時代の公家や武家の間で、人型に切った紙のかたしろ(人形)で体をぬぐい、それを川に流して厄除けし感謝した儀式で、そこに欠かせなかったのが白酒でした。 裏店や箪笥の上の雛祭り 高井几董雛の影桃の影壁に重なりぬ 正岡子規美しきぬるき炬燵や雛の間 高浜虚子白酒という呼び方は、もともとが「にごり酒」の一種であり「どぶろく」のようなお酒だったと言われており、現在のような「白酒」は江戸初期の豊島屋十右衛門の製法開発が元祖だそうで、古風な製法を今も殆ど踏襲していて、もち米の中に米麹を入れ味醂に仕込み、二か月以上寝かせてから、白酒のもろみを石うすで時間をかけてすりつぶしていくのだそうです。 TBS,豊島屋は慶長年間に創業されたようですから、優に四百年余の歴史と伝統を誇る首都圏でも最古の老舗酒店で、「東海道膝栗毛」にも登場するほど評判を生み「山なれば富士、白酒なれば豊島屋」と一世を風靡した上、徳川将軍家にも納められ、今も明治神宮・神田明神・山王日枝神社の三大神社にお神酒を納入しておりますので、お雛様にお供えするだけの江戸名物が今も現役なのでこれを、一度味わってみるのも一興ではないでしょうか。 白酒の酔ほのめきぬ長睫毛 富安風声白酒の紐の如くにつがれけり 高浜虚子白酒のギヤマンといふ一揃ひ 高野素十雛壇に供えるものに菱形の餅があり、今では白・緑・赤の三層に染め分けたものを飾るようです。 元は、池や川に自生する「菱」という植物の葉が、菱形ををしていて固く薬草にも用いられたので、それを材料として餅を造ったそうで、菱が固くて、繁殖力が強かったので、女性の節句の供え物として「身持ちの固さ」「子孫繁栄」を意味する縁起の良さを意味したからとされています。 最近では、初節句のお祝いの返礼にも用いられております角菱の餅にありとも桃の花 上島鬼貫菱餅や雛なき宿もなつかしき 小林一茶 |
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