ブドウ・レスベラトロール(ワイン・レスベラトロール)とは赤ワインを常飲しているフランスの地方住民に心臓血管病、糖尿病発症が非常に少なく、長寿であるという疫学的研究から発見された長寿のポリフェノールです。
1.赤ワインのレスベラトロール(resveratrol)
熟成を終えたワインや、ノベッロ(イタリー)、ヌーボー(フランス)など新しい赤ワインの発売時期を迎え、赤ワインに含まれるレスベラトロール(ポリフェノールの一種)がタイムリーな話題となっています。
2003年に王壮快のコラムではワイン・レスベラトロール(resveratrol)を長寿のポリフェノールとして取り上げましたが、今回の話題はワイン・レスベラトロールが、糖質を分解する細胞内のミトコンドリアを増やし、高カロリー摂食の場合でも肥満、糖尿病などの生活習慣病の原因を防ぐことができるというものです。
11月1日のネイチャー誌(電子版)に発表された論文によると、実験はこれまでに3年近く経過していますが、半年で顕著な傾向が現れたそうです。
実験では肥満など中高年にありがちな要素を持つ中年のマウス(一才)を三つのグループに分けて、二つのグループには高カロリー食を投与、残りのグループには低カロリー食を投与しています。
このうち、ブドウ・レスベラトロール(resveratrol)を投与したグループは現在のところ過剰なカロリー摂取にも関わらず健康な長寿が得られています。
また低カロリー食を投与しているグループは健康ですが、ワイン(ブドウ)・レスベラトロール無しで過剰なカロリーを摂取したグループの大部分は3年未満で肥満と肝臓肥大で死んでしまったそうです。
2.欧米行政当局が全力をあげるブドウ・レスベラトロールの研究
ブドウ・レスベラトロールは米国の政府機関や全米の生活習慣病関連の研究所が最も期待する物質のひとつ。
ブドウ・レスベラトロールを摂食することにより、炭水化物や糖分の代謝に関わる細胞内のミトコンドリアが増量するということも判明していますが、この成果は健康増進と病気の予防に多くの可能性を持ちます。
これまでの成果は動物実験によるものが大部分ですが、ヒトでの長寿の研究の成果は50年くらいで結論を出せるものではありませんから、寿命の短い生物で類推することが必要です。
「線虫が予見した長寿達成と癌制御のメカニズム:
インスリン受容体と線虫の突然変異体daf-2とdaf-16」
https://botanicals.co.jp/library_view.php?library_num=607
またヒトの経口吸収が可能になるメカニズムが解決すれば、人類にも有効なことが前進します。
今回の研究は国立老化研究所(the National Institute on Aging:NIA)が中心ですが、この研究は上部機関である米国国立衛生研究所(NIH)を始め、先駆者であるシンクレアー教授のハーバード大学医学部、ジョーンズホプキンス大学、ペニントン・バイオメディカル研究所、ソーク研究所、ハーバード大学が創設したサートリス製薬会社(Sirtris Pharmaceuticals)(サーチュイン関連医薬品開発)などがスポンサーとなって研究者を派遣しています。
国立医科学研究所、国立糖尿病・消化器官・腎臓病研究所(the National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases)、全米心臓基金(the American Heart Foundation)、全米糖尿病協会(the American Diabetes Association)、エリソン医学研究基金(the Ellison Medical Research Foundation)、ポール・グレン研究所(老化科学)、オーストラリア政府、スペイン政府もスポンサーとなっていますから話題性充分なビッグプロジェクトです。
3.ワイン・レスベラトロールと高カロリーダイエットの研究
実験内容の論文は米国、国立老化研究所の新進気鋭の学者、ケヴィン・ピアーソン(Kevin Joseph Pearson Ph.D)によるもの。
ピアーソンは老化、代謝、栄養、心臓科学の専門家ですが、ハーバード大学のシンクレアー教授らの研究等を基盤に実験を進めました。
ネイチャー誌に発表された論文は「ワイン・レスベラトロールは健康状態を改善し、高カロリーを摂食しているマウスの寿命を延ばす」
(Resveratrol improves health and increases survival of mice on a high-calorie diet)
というものです。
肥満、心臓血管病、糖尿病、癌などを誘発する高カロリー食は、米国民の健康維持に最大の障害。
ワイン・レスベラトロール(resveratrol)は細胞内の長寿に関する酵素(サーチュイン:sirtuins)を活性化することが知られていますが、サーチュインは飢餓により活性化します。
簡単に言えば栄養を摂取しなければサーチュインは活性化します。
しかしながら低カロリーダイエット(caloric restriction:CR)は米国人には苦手で、なかなか実行できません。
先進国の国民に共通する悩みです。
4.ケヴィン・ピアーソンの実験方法
今回の論文がユニークなのは実験の切り口。
低カロリー・ダイエット(caloric restriction)は万病を予防し、癌などの進行を抑えることが知られていますが、米国人は節食が苦手である、という前提で実験を組み立てています。
ヒントはフレンチパラドクス(French Paradox)
フレンチパラドクスはフランス人がバター、肉脂など飽和脂肪酸を多食しているにも関わらず、赤ワインを多飲することで心臓血管病が少なく、高血圧、高脂血も少ないことを揶揄した言葉。
ヨーロッパ各地の生産者が楽しむ新しい赤ワインは、長い冬を迎える人々を、数々の病気から守る、必要不可欠な生薬でした。
赤ワインの成分といえば、ワインポリフェノールと通称されるアントシアニン、カテキンやサポニンが有名ですが、ワイン・ポリフェノールのなかでもブドウ・レスベラトロールが重要な成分だということが立証されてきました。
5.レスベラトロール(resveratrol)とは (resveratrol)trans-354'-trihydroxystilbene:C14H12O3
天然のレスヴェラトロールはカビなどの病害を防御するファイトアレキシン(phytoalexin)で、合成エストロゲン(synthetic estrogen)に近い分子構造を持つポリフェノール類(diethylstilbestrol)。
レスベが使用する天然ブドウレスベラトロールは希少なポリフェノール類といわれるスチルベン・グループに属し、プテロスチルベンも含有します。
レスベラトロールは総称ですが、レスベラトロールには炭素結合の位置が異なるトランス型、シス型などとともに、糖が付着したもの(アグリコン)などいくつかのタイプがありトランス型が最も安定した成分として知られています。
天然のブドウレスベラトロールはCoQ10をはじめアントシアニン、カテキンなど様々な物質で構成されています。
合成レスベラトロールと異なり多くはトランス型レスベラトロールです。
クワの実(mulberries) やピーナッツを始め、イタドリなど70種類くらいの植物から分析されていますが、身近な食品ではぶどうに最も多く含有します。
ブドウの種類にもよりますが、ぶどうのレスベラトロールには安定したトランス型が多いことが知られています。
ある比較分析では、ピーナッツがオンスあたり73 μgに対し、赤ワインからはオンスあたり160 μg 分析されました。
ブドウも品種、産地、収穫年などによって、含有量は著しく相違しますが、日照りや病虫害など大きなストレスに見舞われた年は、植物の防御機能(phytoalexin)が働き、ブドウ・レスヴェラトロールが特別に増加するといわれています。
世界の各地で幅広く果実、野菜類に発生する灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)を付着させた実験ではレスベラトロールが大幅に増加したそうです。
レスヴェラトロールの含有量はぶどうの種類により大きく異なりますが、バーガンディー、ナパ、チリ、オーストラリアなどぶどう栽培の適地では含有量が比較的少ないといわれています。
日本など、ブドウ栽培に苦労している地域のワインに豊富に含まれるという逆説が成り立つともいえます。
レスヴェラトロールは醸造過程(fermentation)で安定するといわれますが、空気、熱、日光により消滅しやすく、時が経過したワインや加熱処理したブドウジュースなどの含有量は多くありません。
酸素を遮断したボトリング(合成樹脂栓、アルミキャップなど)が保全に有効といわれます。
6.ワイン・ポリフェノールの研究
ワインには豊富なポリフェノール類が含まれます。
糖尿病、心臓血管病、癌など難病の予防や治療に期待される有力な物質が数々存在するために、世界中でその機能、抽出法、投与法が研究されています。
ワイン・ポリフェノール類の中でも研究が進んでいるのは抗酸化作用が強いカテキン(catechin)、アントシアニン(anthocyanidin)、フラバノール(フラボノイド類)のケルセチン(quercetin)とその配糖体のルチン(rutin)などでした。
最近になり植物が身を守るファイトアレキシン(phytoalexin)効果を持つポリフェノールのスチルベン・グループ(stilbene)の研究が進んできました。
今回発表されたブドウ・レスベラトロルの研究もその一環。
トランス型、シス型のレスベラトロール類、レスベラトロール配糖体のピセイド類(piceid)、炎症治療などに有効なヴィニフェリン類(viniferin)などがスチルベン・グループに含まれ、各々いくつかのタイプが分析されています。
ヴィニフェリンは美容効果を期待されて、化粧品に配合されたりもしますが、詳しい美容機能の報告は知られていません。
7.レスべラトロールと長寿効果の研究(以下の項は重複する部分があります)
カナダにバイオモル研究所(Biomol Research Laboratories Inc.)という会社があります。
ドレクセル大学(Drexel University) の研究者であったイラ・タッファー(Ira Taffer)、ロバート・ジプキン(Robert Zipkin)、コンラッド・ホーウィッツ(Konrad T. Howitz)らが設立した会社ですが、ジョン・ホプキンス大学(Johns Hopkins University Baltimore.)のイースト酵母研究家(yeast geneticist)であるジェフ・ボーク(Jef Boeke)らと共に、レスべラトロールが生物細胞の寿命を延ばし、死のメカニズムに関連する物質であることを実験結果で立証しました。
彼らの研究は老化防止のスペシャリストであるハーバード大学(Harvard University)のデーヴィッド・シンクレアー博士(David Sinclair)と提携して続けられ、人間の細胞と同様な構造を持つイースト細胞(Saccharomyces cerevisiae)の寿命(the life span of yeast cells)がワイン・レスべラトロールによって70-80%も延長することを発見しました。
研究によれば、理論的には人類は平均160歳まで生存でき、アルツハイマー(Alzheimer's)などの予防も可能だそうです。
研究は2003.9月のネイチャー誌(the journal Nature)に発表され、注目されました。
8.ブドウ・レスベラトロールが活性化させるサーチュイン(sirtuins)ファミリーのSir2
シンクレアー博士とバイオモル社のホーウィッツ博士は、細胞内で活性化すると、その寿命を延ばすことが出来る酵素を同定し、その酵素をサーチュイン(sirtuins)と名付けました。
サーチュイン(sirtuins)にはいくつかのタイプがありますが(サーチュイン・ファミリー、4種類が報告されている)、その一つのSir2は飢餓させると(カロリー補給が無い)活性化することが知られています(低カロリーダイエットの理論)。
サーチュインのSir2はほとんどの生物細胞に含まれるNAD+依存性タンパク質脱アセチル化酵素(NAD+-dependent deacetylases)。
*NAD:ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide)。
最近になって、博士らは、Sir2を活性化させる成分が、ブドウ・レスべラトロールにあることを確認しています。
サーチュインの研究ではジョン・ホプキンス大学のジェフ・ボーク(Jef Boeke)とウィスコンシン大学(University of Wisconsin)等が、Sir2が飢餓により活性化して、生物細胞のライフスパンを延長させるメカニズムを解析しています。
(Science. 2002.12.20に掲載)なおバイオモル社の研究ではSir1をSir2と同等に扱っています。
9.サーチュイン(sirtuins)が活性化する酵素のテロメラーゼ(Telomerase)
人体は推定37兆個もの細胞で形成されて、毎日新陳代謝を繰り返していますが、細胞の寿命を決定するのは、染色体に繋がる紐状のテロメア(telomere)だと考えられています。
細胞分裂毎にテロメアは短くなり、テロメアが無くなると細胞の寿命が尽きます。
通常、50-60回の細胞分裂で寿命が尽きますが、テロメアを短縮させる老化酵素 の働きを抑えることで、寿命を延ばすことが出来ます。
この老化酵素を制御する酵素はテロメラーゼ(Telomerase)と呼ばれますが、それを活性化する物質がサーチュイン。
1999年ごろより、実験の場ではテロメア短縮を30%以上抑えることに成功しているといわれます。
テロメラーゼはカリフォルニア大学(サンフランシスコ校)のエリザベス・ブラックバーン博士らによって発見されました。
このテロメア周辺の染色体構造の仕組みを明らかにする研究が、各地で進行中であり、染色体凝縮(短縮)の酵素反応にサーチュインのSir2が重要な関連を持つことが判ってきています。
10.レスべラトロールとタデ科の和漢薬(虎杖根)
欧米では抗がんや長寿(老化防止)にタデ科(Polygonaceae)の生薬である虎杖根(コジョウコン)の研究が進んでいます。
タデ科の生薬はアントラキノン類を豊富に含有し、伝統的には便通、利尿に使用されてきました。
長寿に役立つことや、抗菌、抗炎症、抗腫瘍作用の成分を持つことも、古くから知られていましたが、安全性が確認された食品ではありませんから、あくまでも副作用に寛容な生薬と捉えるべきでしょう。
90年代に入ってから、タデ科植物のこの成分が、レスヴェラトロールと同様な成分(354'-trihydroxystilbene)であることが解析されて、ワイン由来のレスベラトロールと共に米国の研究者が取り上げるようになりました。
ただし、医薬品開発につながる先端技術は安全性の高い、ブドウ由来のポリフェノール研究がベース。
研究にはブドウ・レスベラトロールの構造式により合成レスベラトロールを開発しています。
米国のサプリメントは価格の安いタデ科植物由来のレスベラトロールを使用することが多いですが、ぶどう由来のトランス・レスベラトロールとは安全性、機能、安定度が根本的に異なります。
またアントラキノンが混入すると肝臓障害や下痢を起こす安全性の問題が加わります。
11.ブドウ・レスベラトロール、今後の研究課題
ブドウ・レスベラトロールはこれまでに危険性の報告はなく虎杖根とは異なり安全な物質とされています。
糖分の分解、悪玉コレステロールの減少、アテローム(血管内に蓄積される中性脂肪などの塊)の溶融、高脂血の予防などの効果が報告されているために、欧米では心臓血管病、糖尿病など生活習慣病の患者が服用することが多い成分です。
ブドウ・レスベラトロールには血小板作用の阻害機能があるといわれ、脳梗塞予防剤、アテローム阻害剤などを服用している人には摂取量の調節が必要です。
初版:2003年改訂版:2006年11月16日改訂版:2013年